〜Last Number〜
[ 3 ]




あの日、織田が俺の目の前から姿を消そうと去りかけた後ろ姿に、
これでもう二度と会えないのかと思ったら、漠然とした不安が押し寄せてきた。
言いしれぬ不安に、目を閉じ、耳を塞ぎ、
逃げるように帰って行くアイツを捕まえ、覚悟を決めた。
俺と同じように、不安に蹲る織田と『恋』に落ちてみようと思った。
もしも、これが『運命』ならばと飛び込んでみた。


何もかもを捨てて、飛び込んでしまっていたら・・・
また今とは違った俺達になれたのかもしれない。
でも、我が儘で自分勝手な俺は欲張りで、恐ろしく卑怯な愛し方で織田を傷つけている。
解っていても、今はまだ、コイツを離したくない。
俺のことを想って、穏やかに微笑み、少年のように声をあげて笑い、
ほんの些細なことで傷付き、子供のように甘え、
時には嫉妬と寂しさに静かに涙さえ零すコイツを、誰にも渡したくない。
こんなコイツを自分だけの物にしておきたいという、醜いだけの独占欲。


「俺が貴方を想ってるほど、貴方は俺のこと想ってないよね」
時に、俺に向けられる問い。
フンと鼻で笑いながら応えていた。
「当ッたりめぇジャン。ナニ寝ぼけたこと言ってやがる」
俺の応えに、「そうでした」。
言って笑う織田の顔を、まともに見れた事は無かった。
「つまンねぇ事、聞くな」とばかりに、そっぽを向いたりして。
その事に、織田が気付いていたかどうか。
申し訳なさと、それでも自分でもどうしようもない織田への執着心。
でも、その事を織田に知られてしまったら、何もかもが終わってしまう。
俺はそう思っていた。
だから・・・俺はいつもあいつに、
何処かしらに哀しみの入り交じった微笑みを刻ませるような返事しか、返してやらなかった。


携帯を切って、どれくらいそうしていたか。
ほんの僅かな時間だったが、俺にとってはとてつもなく長い時間が経った気がした。
携帯を持ち直し、入れられたばかりのメモリーから目当ての番号を探す。
Last Number 300。
「これ以降の表示は在りません」
浮き上がる文字。
俺は、ボタンを押した。


待つ間もなく、直ぐに繋がり相手がでる。
「もしもし」
「・・・・・」
間違いなく繋がった。
アイツの声にホッとする。
黙っていたら、いつもの調子で聞いてきた。
「どうしたの?」
その、労しいほどの優しい声に、また俺は残酷になる。
「さっきの話が、ホントなら」
「何度いわせんの?ホントだって」
穏やかな受け答え。
「じゃ、来いッ!!・・・今すぐ」
車外にまで洩れそうな大声で始まった言葉が、
最後には消え入りそうな小さな声になった。
項垂れたまま、携帯を外せず、俺は座席に蹲るように座っている。


ほんの少しの間があって、コンコンコンと車窓が打たれた。
だけど、顔が上げられない。
間を置いて、もう一度ノックの音。
相変わらずの俺。
ガチャリと音がして、ドアが開く気配がする。
「柳葉さん・・・」
その声に含まれている、織田の優しさ。
この優しさを無くしてしまうのが、恐い。
恐いと思う、自分が尚のこと恐い。
こんなに臆病な自分では、いつか織田に愛想を尽かされる。
織田が求めたのは、こんな俺じゃなかったはずだ。


解っていながら、どうにも出来ないもどかしさ。
自分自身のことなのに。
悔しい。
悔しくて堪らない。


ハッと我に返ると、膝に置いていた手に、織田の手が重なっていた。
「手、白くなってる」
言われて見ると、
膝を掴むようにして握っていた手の指先までもが、真っ白になっていた。
気付かないうちに酷く力が入っていたらしい。
織田の手にに促されて、ゆっくりと力を抜いた。
そのまま顔を上げずにいる俺を、織田が覗き込む。
「無事に、テストは合格?今みたいに、ちゃんと来るから」
顔を上げて織田を見やる。
何度も何度も、俺を安心させるように繰り返す。
「俺が居ますから」
そう言って笑い掛ける。
俺が安心して、その気になるまで。


突然俺はクルリと織田の手の下で重なっていた手を返して、織田の手を握る。
耳に当てたままだった携帯を切って、そのまま助手席に放り投げる。
空いた手で、覗き込んでいた織田を掴まえる。
手をずらして織田の頬まで持っていった。
「どうかした?」
そう言いたげな瞳で見つめてくる織田の頬を、そろそろと撫でる。
「さっき、こうしたかったんだ」
俺は言って、目を伏せながら織田に唇を寄せた。
そっと合わせた唇は、俺の好きな織田のお気に入りの煙草の味がした。
「俺だってホントは、さっき離したくなかったんだ。だけどさ、仕事だって言うから」
「なんで、そう言わないんだよ。だから、約束しちゃっただろう」
「だってさ・・・」


携帯の呼び出し音が車内に響く。
振り向くと、助手席の俺の携帯が鳴っている。
ハァとタメ息を付くと、俺達はもう一度素早く唇を合わせて・・・そして離れた。
駐車場を出て行く俺に、「電話・・・頂戴」と織田が手を振る。
今は素直に頷く俺。
名残惜しいのはお互いだと解っていたが、
本当にもう時間が無くて、俺達の短い逢瀬は終わった。


車を走らせながら、次に会えるのは何時かと俺は鼻歌混じりに考える。
スケジュールをマネージャーに聞いてみよう。
そして、あのナンバーを呼び出してボタンを押せば、すぐにアイツは飛んでくる。
チラと助手席の携帯を見て、俺はアクセルを踏み込んだ。





毎年、日本は桜の開花宣言と共に本格的な春を迎える。
東京は3月末から4月の始め。
日本中で沖縄を除けば、桜には程遠い、
やっと春の足音が聞こえたか聞こえないかのある日。


桜の花が咲いた。


2月18日。


俺の娘、『柳葉さくら』が生まれた。





その後。
Last Number 300 が使われた事は無い。

2000・04・16UP







ご感想などいただけますとありがたいです♪→